がんは幸せという概念?がんと他の死亡原因と比べる

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『がんは恐ろしい病気』というイメージが私らの頭の中にはあります。
今や三人に一人はがんで亡くなり、これからは二人に一人はがんになると言われています。
ですから、「がんは怖い!」というイメージを持っていても仕方がありません。

でも、これだけの人ががんになるのだから、「がんになっても当たり前じゃん!」てな考え方があってもおかしくありませんよね。
人間が共通して持っているものは『死』です。
がんになろうと、がんにならなかろうと、結局は私たちは死という未来に向かって進んでいるのです。

話は変わりますが、世界には、『がんという病気は幸せな病気と捉える概念』があるのをご存知でしょうか?
「え?どういうこと??」と、ほとんどの人が思うはずです。
ということで、今回の記事では『がんという病気を幸せな病気と捉えてみる』ことについて書いていきます。

 

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幸せな病気『がん』

がんを幸せな病気と捉える概念があるだって?え?何言ってんの?がんって超怖いでしょ!!」と、思う気持ちはわかります。
でも、世界にはガンを幸せな病気と捉えるところもあるんですよね。

ちょっと視点を変えて考えて見ましょう。
ほとんどの人が死ぬなら痛くなく、病気にかからず、『老衰』で亡くなりたいと考えるはずです。
でも実際には、そんなことなくて、老衰で亡くなる人は十人に一人くらいです。
では、「あなたは死ぬとしたら、なんの病気で死にたいですか?」という強烈な質問をぶつけてみましょう。

がんで死ねるのは先進国の特権?

がんは恐ろしい病気というイメージがあり、患者数もどんどん増えていると言われています。
しかし、これは裏を返せば、『がん以外の病気は治療可能になっている』ということです。
「なぜがん患者は増えているのか?」ということについては、こちらの記事で詳しく書いているので、参考にしてみてください→なぜ『がん』は増えたのか?医療技術と長寿と遺伝子異常の関係性

簡単にまとめると、

  • 医療技術の進歩によりがん以外では死ににくくなった
  • 医療技術の進歩により長生きできるようになった

の2点です。
この条件を満たせている国って、世界で比べるとほとんどありません。
先進国と呼ばれている国だけが、長生きという喜ばしい問題を抱えているんですね。
世界の国々では未だに、

  • ご飯が食べれないので衰弱死
  • 先進国では治療できる病気で亡くなる
  • 殺人件数が多い
  • 交通事故が多い

などなどになります。
もちろん、日本にも殺人や交通事故での死亡件数はありますが、発展途上国なんかと比べると圧倒的に少ないです。
日本なら大怪我で済む事故でも、医療環境が整っていないと、死んでしまいますからね(´・ω・)
こういうことからわかる通り、『がんで亡くなる』というのは、先進国の人々に与えられた『特権階級』のようなものなのです。

発展途上国の人々は、『がんで亡くなる』なんてことはほとんど考えないでしょう。
なぜなら、がんになる前に、他の病気や怪我で命を落とすからです。
私たちは当たり前の環境で感覚が麻痺してしまっていますが、世界には「満足にご飯を食べることができない人々」だって大勢いるんですね。

余命がわかる『がん』

がんという病気は突然亡くなることはありません。
大体の場合、お医者さんから余命を宣告されるはずです。
自分の余命がわかるからこそ、残りの人生をより良くしようとするし、周りの人への感謝もできます。

脳の血管が詰まったり、心臓が麻痺したり、交通事故なんかはいきなり人生が断たれることであり、より良い人生にしようとか、出会った人々に感謝をする時間すらありません。

人は自分の死を考えることで、より良い人生にしていこうとする意思が生まれます。
自己啓発の本や、セミナーなんかではよく言われていることですが、私たちはなかなか自分の死をイメージし、どういった人生を歩みたいかの再確認をすることはありません。
ですが、『がん』は強制的に自分の人生を考えさせるものになります。

人生の豊かさとは、自分が死んだ時、周りで悲しんでくれる人の数だと私は思います。
家族はもちろん、友達や付き合いがあった人が悲しんでくれるような人生を歩むべきなのは、誰もがわかっていることですよね?
そういう人生を歩むためには、自分の死を意識して、自分のお葬式の時に、子供や孫になんて言ってもらいたいか?を考えながら今を行動していくことは大切なことでしょう。

ただただ長生きするだけの人生が素晴らしいわけではありません。
私は人生は長さではなく、密度だと思っています。
人間は絶対的に考えることはできなく、常に相対的に考えてしまう癖があります。
どういうことかというと、何かと何かを比べないと、判断を下せないということです。
例えば、

  • 美味しくないものを知っているからこそ、美味しいものがわかる
  • 汚いものを知っているからこそ、美しいものがわかる
  • つまらないことを知っているからこそ、楽しいことがわかる

これと同じように、『死』を知っているからこそ、『生』が分かるんだと思うんですね。
死とか生とか、かなり抽象的で分かりづらいものですが、どれだけ具体的に死をイメージできるかこそが、より良い人生を築くために必要なんじゃないかなぁと私は思っています。

がんという病気にかかることは、かなり具体的に自分の死をイメージすることができます。
ならばそこから、死を嘆くのではなく、残りの与えられた人生を全力で良いものにしようじゃないか!と考え方をシフトしていくことが大事ですよね。
それに、がんになれるだけ長生きできることが、そもそも先進国に生きる私たちの特権であり、幸せなのです。
世界には未だに平均寿命が50歳を下回る国だってあります。
日本のように平均寿命が80歳を超える国なんて、ほんの一握りになります。
人間の平均寿命(ウィキペディア)

今回の記事も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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