プロピオン酸は、腸内細菌が作り出す短鎖脂肪酸の1つです。プロピオン酸はクロストリジウム属の細菌が作り出すことが知られています。
この記事では、プロピオン酸と腸内細菌について書いていきたいと思います。こちらの本を参考にしています。↓
1 プロピオン酸と自閉症
デリッド・マクフェイブさんは、医師としての経験から「自閉症児の腸内細菌は、プロピオン酸を過剰生成していて、このプロピオン酸が自閉症患者のふるまいに影響しているのかもしれない」と仮説を立てます。
1.1 マウスにプロピオン酸を注射するとふるまいが変化
それを実証するために、生きたラットの脊柱に小さなカニューレを挿入し、そこから微量のプロピオン酸を脳脊髄液に注入しました。すると数分後、ラットは奇妙なふるまい始めました。
- その場でぐるぐる回ったり
- 単一の物体に固着したり
- 突発的に走ったり
同じように、2匹のラットを同じゲージに入れてプロピオン酸を注入しました。普通のマウスなら立ち止まって互いの匂いを嗅いだりするのですが、プロピオン酸を注入されたマウスは互いの匂いを嗅ぎ合うことをせず、相手を無視してケージの中をぐるぐる走り続けていました。(プラセボとして生理食塩水を注入したラップには変化が見られませんでした)
このふるまいは自閉症患者の振る舞いに似ています。仲間のラットよりもモノに興味を示し、一定の動きを繰り返し、チックや多動を示すという行動は、自閉症患者と似ている特徴です。脳へのプロピオン酸の影響は明らかでした。(またこれらのふるまいは、ラットの皮膚下に注射したり食べさせたりした場合でも、同じ変化が現れています。)
1.2 プロピオン酸が脳に与える影響
プロピオン酸が脳に影響を与えていることがわかりました。そこで、プロピオン酸が脳にどのような影響を与えているかをより詳しく調べるため、マクフェイブさんらはラットの脳と、検死解剖された自閉症患者の脳を比べました。
すると、どちらの脳にも免疫細胞が大量にあることが確認されました。統合失調症や多動性障害の場合と同じく、脳に炎症の痕跡があったのです。
もちろん脳の炎症は全てが異常というわけではありません。炎症は、免疫細胞が不要になったシナプスを貪食するときにも生じます。これは正常な炎症反応です。
1.3 プロピオン酸で忘れることができない
マクフェイブさんは、プロピオン酸を注入したラットを迷路に入れてみました。ラットは新しいルート難なく学習しました。
ところが、このラットはルートを忘れることができなくなってしまったのです。忘れることができないため、ルートが変わると対応できなくなくなりました。最初に覚えた道順に固執して、新しく設置された壁にガンガン頭をぶつけてしまうのです。(逆に腸内細菌がまったくいない無菌マウスを迷路に入れると、道を見つけ出すことがまったくできません。その理由は、試したことのある道の記憶を一時的に保持することができないからです。)
一度覚えたことに固執し、応用がきかないのは自閉症患者の特徴でもあったりします。たとえば、自閉症患者にも、記憶力が非常に良かったり、決まりきった行動を好んだりする人がいます。なかには、自分の名前を「あなた」と呼ぶ人もいます。なぜかというと両親が「あなた」と呼ぶので、子供は自分の名前を「あなた」だと記憶しているからです。逆に両親のことを「わたし」と呼ぶ子供までいます。両親は自分のことを「わたし」と呼ぶからで、それを記憶しているのですね。
マクフェイブさんは、プロピオン酸を注入されて迷路の最初のルートを忘れることができなくなったラットに、記憶形成に関係する物質が多く存在するのを見出しました。腸内細菌がプロピオン酸を作り出し、人間の脳に記憶を形成させるのには意味があるのではないかとマクフェイブさんは考えています。なぜ腸内細菌が記憶に関係する物質を出すかと言うと、たとえば、腸内細菌が自分の増殖に必要な食物のありかを人間に記憶させることができたのであれば、生存上有利になるからです。
1.4 プロピオン酸はどのようにして腸から脳に移動するのか
では、プロピオン酸はどのようにして腸から脳に移動するのでしょうか?この疑問に取り組んでいるのが、カナダのゲルフ大学で働くイギリス人微生物学者、エマ・アレン=ヴェルコーさんです。
この研究室では、原因を単一の微生物種に探すのではなく、腸内フローラ全体の関係性として答えを探そうとしていました。なぜなら、他の微生物の有無や他の微生物が作り出す物質に影響を受けるからです。
そこで腸内フローラ全体を外に出して、腸内フローラを再現することにしました。かつては腸内フローラは培養不可能と言われていましたが、この研究室はそれを可能にしており、「ロボカット」という愛称がつけられた機械で、腸内フローラを外部培養しています。
ロボカットの優れた点は、『どんな変化が起こるのか』を腸内フローラ全体で観察できるところです。たとえば、腸内フローラに抗生物質を投与した時、グルテンを入れた時、カゼインを入れたときなど、ロボカットを使えばその腸内フローラでどんな変化が起こるのかが分かります。
このように腸内フローラに何を加えることで、どんな代謝性生物が自閉症児の脳を損なっているのか、そのメカニズムがどうなっているのかが解明できるのではないかと、研究チームを期待しています。
おわりに
腸内細菌がつくりだす短鎖脂肪酸の話題には事欠きませんね。これからのさらなる研究が楽しみであります。
ということで、興味ある方はぜひ紹介した本を読んでみてください。参考までに。それでは!
*腸内環境の大切さを勉強するためのオススメ本
今までに多くの『腸内環境の大切を伝える本』を読んできました。その中でもイチオシなのがアランナ・コリン先生の『あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた』になります。
分厚くて少々読みにくいかもしれませんが、腸内環境の大切さを深く知っておく上で外せない一冊になります。
「もうちょっと読みやすい本を頼むぜ!」という方のためオススメできる本は、『腸科学』になります。こちらは読みやすいと思います。
どちらのほんも「腸内細菌スゲー」と思うこと間違いなしです!
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