腸内細菌が人間の感情や行動に関係している!?
なかなかびっくりする話ですが、最近の研究によるとどうやら関係しているようです。ということで、今回の記事は腸内細菌と人間の脳について書いていきます。
1 脳と腸内細菌の関係のきっかけを作った日本人
腸内細菌が脳に関係していると言うのは、今では当たり前の話になっていますが、そのきっかけを作ったのは日本人です。九州大学心療内科教授の須藤信行さんです。
須藤さんは、実験施設で飼育している無菌マウスを見て、マウスの行動が少しおかしいことに気がつきました。普通のマウスと比べると、どの無菌マウスも落ち着きがなくて、わずかなもの音にも過剰な警戒心を持つ傾向がありました。
無菌マウスのこの落ち着きがない特徴は、腸内細菌がいないからではないか?と仮説を立て、無菌マウスに普通のマウスの腸内細菌を移植して、腸に細菌を住み着かせる実験を行いました。すると、マウスに変化が現れ、過剰な警戒心が収まり、落ち着きを見せたのです。
1.1 無菌マウスはストレスホルモンが分泌しやすい
須藤さんは自分の専門である「ストレス」に着目して、腸内細菌の影響を調べ始めました。普通のマウスと無菌マウスに軽いストレスを与えたところ、無菌マウスの体内ではストレスホルモンが過剰に分泌することがわかりました。
なぜ腸内細菌がいるのといないとでは、ストレスホルモンの分泌の仕方が違うのでしょうか?
1.2 腸内細菌は脳の発達過程に影響与える
須藤さんの研究によると、腸内細菌を移植してストレスが減ったのは、成長過程にある子供のマウスだけでした。大人の無菌マウスに腸内細菌を移植しても、ストレスは減りませんでした。
これがどういうことかと言うと、腸内細菌は脳の発達に影響を与えていると考えられます。大人の無菌マウスは脳の発達が終わっているため、腸内細菌を移植しても変化が起こらなかったのではないかと考えられます。
赤ちゃんは、音や光などの外部の刺激に対して非常に敏感です。しかし成長するにつれて脳が学習し、いちいち外の刺激に対して過剰に反応しないようになっていきます。脳が刺激を学習していくことで、ストレスを必要以上に感じないようになっているのです。ところが、脳が発達する過程で障害が起こると、学習ができずに成長が止まってしまうため、刺激に対して敏感に反応し、ストレスを感じやすい体になってしまいます。
腸内細菌なしには、脳はうまく発達しない可能性があると言うことです。(そもそも生まれてくる以上、細菌のないの無菌の世界など作れませんからね)
須藤さんの研究結果が出るまでは、腸内細菌を含め細菌は悪者だと考えられていました。
>「細菌=悪者」という考えはいつごろから?【腸内細菌も不必要と考えられていた】
須藤さんの論文が発表されてから、世界中で「腸内細菌と脳の関係」に注目が集まり、次々と研究されるようになりました。須藤さんの研究は、腸内細菌の新しい考え方への道を開いたのです。腸内細菌は体の健康に関係があるだけでなく、心の健康にも関係があるということを。
2 腸内細菌は人の性格を決めているかもしれない
腸内細菌は、人の性格を左右しているかもしれません。
2.1 マウスの性格に関係しているのは遺伝子だけ?
カナダのマクマスター大学准教授のプレミシル・ベルチックさんの研究です。
実験で使われるマウスは、世界中の様々な研究所で繁殖を繰り返して受け継がれているため、それぞれ異なる特徴があります。これをマウスの「系統」と呼びます。毛が白い系統もあれば、黒い系統もありますし、体が大きいもの、小さいもの、あるいは見た目がそっくりでも、全く別の系統ということもあります。マウスの系統は現在400種類以上あり、実験の目的に合わせて選ばれています。
そして、系統によって「マウスの性格」が違います。マウスにも
- 臆病な性格の系統
- 活発な性格の系統
があります。
ベルチックさんはマウスの性格を調べるために、ステップダウンと言う実験を行いました。どのような実験かと言うと、高さ5センチの丸い台の上にマウスを乗せ、降りるまでの時間を計るというシンプルな実験です。
臆病な系統のマウスは、なかなか台から降りられません。一方、活発な系統のマウスは、すぐに台から降りて周りを探索し始めます。これにより、台の上にとどまる時間で、マウスの警戒心の強さを計ることができます。
臆病な系統のマウスは、5分たっても台から動けません。一方、活発な系統のマウスは、わずか17秒で台から降りてしまいました。何度か実験を繰り返しても同様の結果で、警戒心の差は歴然でした。このように系統の違いによってマウスの性格が異なるのは、代々受け継がれてきた遺伝子の違いによるものと考えられていました。しかし、これが違いました。
2.2 マウスの腸内細菌を入れ替えると性格が変わった
ベルチックさんは臆病な系統のマウスと、活発な系統のマウスの腸内フローラを調べてみました。すると、大きく異なっていることがわかりました。
ベルチックさんは腸内フローラの違いがマウスの性格と関係しているのではないかと考え、マウスの腸内フローラを入れ替える実験を行いました。つまり、臆病な系統のマウスの腸内フローラを、活発な系統のマウスの腸内に移植し、逆に活発な系統のマウスの腸内フローラを、臆病な系統のマウスの腸内に移植します。腸内フローラを移植して3週間飼育した後、ステップダウン実験を行いました
その結果、驚くべきことがわかりました。ベルチックさんの予想通り、腸内フローラでマウスの性格が変わっていたのです。
- 臆病な系統のマウスの腸内フローラを移植された活発な系統のマウスは、台の上にとどまる時間が長かった
- 活発な系統のマウスの腸内フローラを移植された臆病な系統のマウスは、台から早く降りた
この実験により、マウスが活発だったり、臆病だったりするのは、遺伝子だけではなく、腸内細菌の影響も受けていることが明らかになりました。
3 脳を支配するかもしれない細菌
腸内細菌が脳内ホルモンのセロトニン(幸福に関与する物質)やドーパミン(やる気に関与する物質)に関係していることは、過去の記事で書きました。(→【腸内フローラ】なぜ健康を考える上で腸は大切なのか?)
しかし、これらはほんの1つで、腸内に100兆個以上生息している腸内細菌たちはまだまだ脳に関係してきます。
3.1 梅毒トレポネーマ
梅毒トレポネーマという菌をご存知でしょうか?梅毒の原因とされる病原菌です。この病原菌はヒトの脊髄や脳内に侵入します。そうなると、うつなどの精神障害を引き起こします。
3.2 トキソプラズマ・ゴンディ
トキソプラズマ・ゴンディをご存知でしょうか?ネズミに感染し、ネズミの脳に侵入して猫に対する恐怖心を取り除きます。そうなると、ネズミはすぐに猫の前に姿を表すので、簡単に猫の餌になってしまいます。
猫に感染することで、猫がウンチをするたびにトキソプラズマ・ゴンディがばらまかれます。これがトキソプラズマ・ゴンディの生存戦略なのです。
3.3 狂犬病
狂犬病をご存知でしょうか?狂犬病ウイルスに感染した犬は衰弱して死ぬのではなく、極度に攻撃的な振る舞いをするようになり、別の犬に噛み付きます。そして、狂犬病ウイルスを拡散させていくのです。
3.4 アリを洗脳するキノコ
蟻を洗脳するキノコをご存知でしょうか?このキノコに感染された蟻は脳を支配されて、キノコが生息しやすい場所まで移動し絶命します。
このように、他の生物を洗脳する菌たちは存在しています。自分の生存のために他の生物を洗脳するなんてことは、自然界では当たり前のことなのですね。そうであるならば、腸内細菌が人間の脳に影響を与えるのもわかる気がしてきませんか?好きな食べ物があると思いますが、それってなんで好きなのですか?もしかしたら、あなたの腸内に住んでいる腸内細菌の好物かもしれませんよ笑。
4 腸内細菌は記憶力に関与
腸内細菌を持たない無菌マウスは、記憶障害があることがわかりました。(→Bacterial infection causes stress-induced memory dysfunction in mice)
腸内細菌を持つマウスと、腸内細菌を持たない無菌マウスの2つのグループに分け、どちらのマウスにも見たことのない物体を5分間見せ、そのあと物体を20分間取り除きました。そして先ほどの物体と、新しい物体をマウスに見せました。
研究者の予想としては、先ほど見たことある物体にはあまり構わず、新しい物体に注意を向けると考えていました。腸内細菌を持つマウスグループでは研究者の予想通りになりましたが、無菌マウスはどちらの物体も同じ時間をかけて調べたのでした。つまり、20分前に見た物体のことを忘れてしまっていたのです。
腸内細菌にとっては、共生している生物が死んでしまうと自分たちも死ぬことになるので、その生物がより生存確率が高くなるようなプラスの影響を与えるはずです。そのため、腸内細菌たちは記憶力に関与する何かをしているのかもしれません。この辺りの研究はまだまだ始まったばかりなので、詳細なことはこれから明らかになっていくはずです。
4.1 BDNFに影響を与える
BDNF(Brain-Derived Neurotropic Factor)とは脳由来神経栄養因子のことで、うつなどの精神障害に関わるタンパク質とされています。そしてBDNFに腸内細菌が関係していることがわかりました。(→The Intestinal Microbiota Affect Central Levels of Brain-Derived Neurotropic Factor and Behavior in Mice)
活発なマウスと臆病なマウスの2つの個性を持つマウスを使った実験です。マウスを高い台にのせて、そこから降りるのにどのくらいの時間がかかるかを測定しました。活発なマウスは数秒で台から降りたのに対して、億劫なマウスは平均で4分ほどかかりました。
ここからが興味深い研究成果です。臆病なマウスの腸内細菌を活発なマウスに移植すると、台から降りるのに1分あまりかかるようになったのです。反対に活発なマウスの腸内細菌を臆病なマウスに移植すると、台から降りるまでの時間が1分ほど減りました。
このことから、腸内細菌の移植によってBDNFのレベルが変化することを発見し、腸内細菌は宿主の行動に影響を及ぼすことが分かりました。
4.2 腸内細菌はどのように脳に影響を与えるのか?
腸内細菌はどのように脳に影響を与えているのでしょうか?腸内細菌は栄養を食べると、短鎖脂肪酸に加えてたくさんの分子を作り出します。これらは血液に乗って全身をめぐるものもあります。
この分子の多くは『有毒』なので、腎臓で除去されて尿として体外に排出されます。腎臓機能に障害がある人は、腸内細菌が作り出す有毒な物質を取り除くために定期的に人工透析を受けなくてはなりません。
腸内細菌が作り出す分子の一部は、ヒトの体内の化学伝達物質と似ているものがあるため、これらが小腸で吸収され腸の免疫細胞と相互作用したり、血液に吸収され脳に到達し行動に影響を与えたりします。腸内細菌がなぜこのような分子を作り出すのかはまだ解明されていません。難しいですね。
4.3 ヨーグルトの力
マウスのような動物実験では腸内細菌が脳に影響を与えることはわかりました。しかし、人間ではどうなのでしょうか?
2013年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の科学者グループがヒトの脳に腸内細菌はどのような影響を与えるのかを調べました。(→Consumption of Fermented Milk Product With Probiotic Modulates Brain Activity)
健康な女性12人に4種類の細菌を含むヨーグルトを毎日2回、4週間に渡って食べてもらいました。比較としてプラセボ(細菌の入っていないヨーグルト)を毎日2回、4週間食べてもらいました。
そして実験前後でfMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて脳をスキャンしました。スキャンしたところ、細菌を含むヨーグルトを食べた女性と、細菌を含まないヨーグルトを食べた女性とでは
- 前頭葉
- 前頭前野
- 側頭葉
で、脳活動に違いが見られました。これらの脳部位は不安障害や痛み知覚、過敏性腸症候群に関係してくる部位です。
この実験から分かることは、ヨーグルトを1日2回、4週間食べ続けるだけで脳の活動が測定可能なほど変化するということです。腸内細菌がマウスのうつ症状を軽減することが確認されていますが、ヒトにどれほど関係してくるかはまだ明らかになっていません。しかし、ヒトに生息する100腸個の細菌たちが脳に影響することは確かなようです。
おわりに
今回の記事では腸内細菌が脳に与える影響ついて書いてきました。腸内細菌が脳にも関係してくるというのは、なかなか興味深い話ですよね。人間も腸内細菌も互いに影響しあって生きています。
だからこそ腸内細菌が食事の副産物として生産する化合物が、人間に何かしらのプラスの影響を与えることだって十分に考えられます。だって、人間が死んでしまったら腸内細菌も死んでしまうのですから。参考までに。それでは!
*腸内環境の大切さを勉強するためのオススメ本
今までに多くの『腸内環境の大切を伝える本』を読んできました。その中でもイチオシなのがアランナ・コリン先生の『あなたの体は9割が細菌: 微生物の生態系が崩れはじめた』になります。
分厚くて少々読みにくいかもしれませんが、腸内環境の大切さを深く知っておく上で外せない一冊になります。
「もうちょっと読みやすい本を頼むぜ!」という方のためオススメできる本は、『腸科学』になります。こちらは読みやすいと思います。
どちらのほんも「腸内細菌スゲー」と思うこと間違いなしです!
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